samansa59’s blog

訪問看護の仕事の中で感じたことなど自由に書いていきます。

マグロの刺身

少し前の話。

田舎の大きなお屋敷に90才の患者さんと93才の夫が暮らしていた。

90才の妻はパーキンソン病で寝たきり状態であった。

終末期。嚥下障害が進み、固形物は食べられなくなった。とろみをつけたり

ゼリー食にするように説明。夫はある程度受け入れたが、マグロの刺身だけは

そのまま妻の口にいれるのである。「おまえは、マグロの刺身が好物だったからな」

曲がった背中で、冷蔵庫から刺身を取り出し、ぎこちない足取りで妻の元へ・・・

節々だった太い指で箸を使い、刺身を妻の口に中へ入れるのである。

嚥下できないので、いつまでも口腔内に残っている。ヘルパーさんも困った。

主治医から、夫へは説明してもらったが、その時は「はいはい」と言われるものの

毎日、マグロが口の中に入っているのである。

戦時中、戦後食べ物のない時代を過ごしてきた二人。ごはんさえあれば御馳走。

それにマグロの刺身はめったに食べれなかった。残り少ない命であれば、好きな物を毎日食べさせてあげたい。夫の妻への思いでもあった。食べれないことは承知している。窒息の可能性を覚悟の上で、承諾せざるを得なかった。

大晦日の日。雪が降る中、妻は永眠された。静かな最期であった。

マグロの刺身・・・大晦日が近くなると、いつも思い出す。